空太のいる夏。

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8歳ともなれば目やお尻のまわりの毛が白くなって、見た目はりっぱなおじさん犬。けれど、2度のご飯は毎回楽しみで、あげたら即ペロリ。スリッパをかじったり、テーブルの上の食べ物を狙ったり、家族が帰ると飛び跳ねて喜んだり。空太はまだまだ元気、これから何年も一緒に暮らしていけると思っていました。4月にかかりつけの病院を受診するまでは。

歯槽膿漏かな。歯ぐきからの出血を診てもらうため入った診察室で、メガネ先生から聞いた言葉は想定外。「上あごに悪性の腫瘍ができていますね」

5月、腫瘍専門の先生を訪ねCT検査をして、きっぱりと言われました。
「扁平状皮癌ですね。進行していて切除は難しい。緩和的措置として放射線による治療はありますが」
なにも治療をしなかったら?
(命は)「1、2か月ですね」

家族会議をして、悩みに悩んで放射線治療をすることを決め、5~6月は、三重県伊賀上野の病院に6回通いました。
その治療効果が最も現れ、副作用が落ち着くという7月を迎えた今。
空太のいる夏の一日が過ぎてゆきます。

今日は久しぶりに雨が降って涼しい日。
小ぶりになったのを見はからって、やきもち地蔵まで散歩。
お参りして手を合わせると、胸に浮かぶお願いは「みんな元気になれますように」
ついちゃっかり、まとめてひとつということにして、空太以外のこともお願いしてしまいました。

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真夏の午後の京都・虎屋菓寮にて。

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8月最初の土曜日の午後、暑さにうだる京都の空気はとろみを帯びて肌に張りつく。じわじわと吹きだす汗を感じながら御所わきの道を歩いて虎屋菓寮へたどりつくと、1時間待ちのテーブル席を横目に、庭に向き合うテラス席へ。ときおり風鈴がちりりと鳴り、頬なでる「極楽のあまり風」に、眠っていた感覚が心なしか少しづつ目覚めていくよう。

ふと隣の席を見れば、制服の女子高生。ひとり、抹茶かき氷を悠然と召し上がっていらっしゃる。とびきり鮮やかな夏模様。

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「きみはいい子」の高良さん

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本編上映のあと、呉美保監督と一緒に舞台挨拶に登場した高良健吾は、チェックのシャツを着こなす眼鏡の好青年。新任教師・岡野の成長を細やかに表現した俳優は、会場の空気に違和感なく溶け込んで、自然なたたずまいです。〝普通の人間”を演じたかったというとおり、今を生きる等身大の若者としてスクリーンの中に確かに彼はいて、現実を突き付けられて葛藤する姿に、知らず知らず感情移入させられていました。そして思いがけないほど心の奥底を大きくゆすぶられてしまった、尾野真知子、池脇千鶴が演じた二人の母親。映画にいきいきと息づく、様々な大人や子どもたちの姿とあいまって深い余韻が胸に残ります。

かつて子どもで、母親となり、 老いがそう遠くないところにある自分。その心象の片隅にしまいこんでいた痛みを、ふんわり包み込み、やさしくなでられたような心地がしばらく続きました。

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ほたるの里のミィ屋根。

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親亀の上に子亀を乗せた、あるいはムーミンの物語に登場するミィのお団子ヘアのような形は、箱棟を上に載せた造りの茅葺き屋根。東広島地域では下の屋根は茅葺き職人が葺き、立派めの箱棟を大工が作るのだとか。田植えが終わったばかりの水田に映る、ちょっと盛り加減の茅葺き屋根のたたずまいは、どこか愛らしい。一帯、志和町志和堀地域の清流には蛍がたくさん生息していて、この家はほたる庵という野菜料理をいただけるお店でもあります。訪れた6月初旬は折しも蛍の舞う季節。夜までいられなかったのが心残りです。

memo:日本茅葺き文化協会・第6回茅葺きフォーラム「藝州茅葺きの技と風景」
         2日目見学会 2015.6.7

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雪ニモマケズ。

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冬好きの女性の言葉。
暖かいお店から寒い外へ出るとき、
わくわくするほどうれしくなるんです。
驚かされると同時にいたく感心してしまって、
いつの間にかなんだかいいなあ、
寒い冬もさほど悪くないかもと思えてきました。
気がつくと寒さへの抵抗が去年より幾分薄らいでいるようです。
単純過ぎでしょうか。

おかげで雪の朝の公園にも勇んで出かけられました。

*雪の日の描写が特別に美しい作品といえば、
 宮沢賢治の 『水仙月の四日』。
 エズラ・ジャック・キーツの絵本『ゆきのひ』も、
 冬の間何度か手にとってみたくなります。

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一辺集中。

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5歳の甥っ子けいとくんの目下の趣味は折り紙。
お母さんにネット検索してプリントアウトしてもらった
多種多彩な折り方の見本をじっと見て、
バッタをさらりと折り50歳近い伯父さんにも手ほどき。
ここは、こう?
うん、それでいい。
けいと君曰く、折り紙の裏の白いところが見えないように
きっちりと裏表を合わせ、一辺一辺を正確に折っていくことが、
大切なのだそうだ。
先を急いだり、あっちもこっちも気にして、
目の前の一辺一辺をおろそかにしてはいけない。
一所懸命に指先を動かす彼を見ていると、
なぜかわが身を省みてしまう。

そうした一点への集中力、
京都の職人さんが細やかに揚げていく
てんぷらなんかにも共通すると、ふと思い当たる。
ネタによって衣を変え、揚げる時間も微妙に調整。
一素材集中の美味しさは豊かだなあ。

*俵屋の和三盆、福俵と折り紙バッタ(手前けいとくん、奥伯父さん作)

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NEW。

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僕らはやりたいようにできる。
自分で選んだ道を歩いてゆける。
何の保証もないけれど、
僕らには失うものは何も無い。

71歳での新作アルバムのタイトル曲
「NEW」でポール・マッカートニーがそう歌っていました。

昨年のライブで生き生きと演奏し、
心から音楽を楽しんでいる彼の姿とともに
心励ましてくれるフレーズ。
2014、新しい年の始まりに、
改めて胸の内に響かせ密かな鼻歌のひとつにリストアップ。

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「わたしはロランス」。ひときわの輝き。

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今年1年、心に灯りをともしてくれた、
いくつもの映画に感謝を捧げます。
中でも、「わたしはロランス」。
クリスマスイブの2日前に元町映画館で見たその作品は、
中でも特別なきらめきを放っています。
若干24歳のグザヴィエ・ドラン監督の才気が全編にみなぎり、
3時間と言う長尺を感じさせない、刺激あふれる美しい物語でした。

モントリオール。
国語教師のロランスが35歳の誕生日に、
一緒に暮らす女性フレッドに伝えた言葉は
「僕は女性になりたい」。
苦悩するフレッド、周囲の拒否反応。
多様な性のあり方へ理解が始まりつつも、
性同一障害まではまだ深まりを見せていなかった、
1990年代の10年間の二人の軌跡。
厳しい向かい風の中、
ロランスとフレッドはお互いにとって
”スペシャル”であり続けることができるのか……。

レオス・カラックスの「汚れた血」を見たときのような興奮が、
一夜明けても身体に残っています。
人は多かれ少なかれ、
ロランスのように心の血を流しながら、
自由を獲得してかろうじて「自分」を生きている。
心をヒリヒリさせる魅惑的な映像を反芻しながら、
その感覚を改めてかみしめています。

*Thanks for…「ファースト・ポジション」「自尊を弦の調べにのせて」「「白夜」「ムーンライズ・キングダム」「愛・アムール」「メモリーズ・コーナー」「セレステ&ジェシー」「はなればなれに」「25年目の弦楽四重奏」「ライフ・オブ・パイ」「風立ちぬ」「スーサイド・ショップ」「危険なプロット」「ファイヤーbyルブタン」
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風の音にぞ。

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戻り残暑とでもいうような蒸し暑さだったから、
と言うのは言い訳で、
単にうっかりはずし忘れていた風鈴を
ようやく片づけました。

目には明らかでなくても、
風の中に秋の気配は密かに紛れ込んでいて、
犬の耳は何か捕らえていたのかも。

そうかと思えば週末の台風。
耳を澄ませるまでもなく、葉を揺らせ枝をしならせて、
強い雨音までも連れてきています。

映画「風立ちぬ」では、
いたずらな風が帽子を吹き飛ばし、
主人公の若者と心惹かれあう女性を引き合わせるシーンが鮮やか。
風に吹かれる葉や空に舞い上がる紙ひこうき……
見事に美しく揺らぐ絵画のような表現にみとれました。

そして物語の奥行きの深さ。
反戦のメッセージとファンタジーが
品よく調和しているのはさすがです。
自らの夢を真摯に追求し、
日々を大切に生きようとしする若者が、
軍需産業の中で大きな役割を果たすことになる姿に、
時代の風の中、正しい選択ばかりすることは
難しい現実が重なります。
その切なさも手伝って、より余韻が深まりました。

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ゆく夏抄

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ゆく夏の名残る暑さは夕闇を吸って燃え立つ葉げいとう……
ユーミンの「晩夏」を口ずさみたくなるときは、
いつのまにか来ているものですね。

汗をいっぱいかきながら北野坂をのぼり、
暮れなずむころに、
あちこちから集まった人々と肩寄せ合って見た
スパイスアーサー702の「空とぶ紙芝居」。
一枚一枚が画家さんの手描きによる絵も魅力的でしたし、
語りやトランペット演奏も味があって、
おもちゃ箱をひっくり返したような楽しさ。

終演後、会場の庭から見たメリケンパークの花火が
フィナーレのようでした。

それにしても、今なお覚めやらぬ連日の猛暑の記憶。
犬も記録的な伸び方でした。
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